シンガポールとジョホールバル、不動産価格差の構造

本記事は2026年5月12日配信のメルマガ【海外不動産キーワード解説 vol.5】に加筆、修正したものです。

マレーシア南端に位置するジョホールバル(JB)は、シンガポールとコーズウェイという橋一本で繋がっており、事実上同じ経済圏の中にある都市です。ところが、不動産価格を比べてみると、その差に驚かされます。

シンガポール中心部(オーチャード・マリーナベイ周辺)のコンドミニアムは、標準的な70㎡程度の物件で2億超が珍しくありません。シンガポールの不動産ポータル「PropertyGuru」によると、プライベートコンドミニアムの平均平米単価は約3万シンガポールドル(約330万円)にのぼり、1ベッドルームの新築では最低でも1.5億円〜というのが現状です。

一方、ジョホールバルの同規模物件は3,000万円台から取得できるケースも存在します。橋一本を隔てただけで、不動産価格は数倍から十数倍もの差が生じているのです。

なぜこれほどの差が生まれるのか。そしてこの価格差は、今後どのように変化していくのか。本記事では、構造的な要因と今後の展望を整理します。

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シンガポールとジョホールバルの間にある巨大な価格差は、主に以下の3つの構造的な違いから生じています。

【シンガポール vs ジョホールバル 不動産市場比較】

比較項目シンガポールジョホールバル(マレーシア)価格差への影響
国土面積(開発余地)約733 km²(東京23区相当)約19,210 km²(シンガポールの約26倍)物理的な供給上限の有無
一人当たりGDP約8万〜9万米ドル約1万3,000〜1万4,000米ドル居住者の購買力の差
外国人取得税追加購入印紙税(ABSD)60%重課税なし(※最低取得価格基準あり)投資ハードルの非対称性

最も根本的な要因が、シンガポールの地理的制約です。シンガポールの国土面積は約733平方キロメートルと、東京23区(約627平方キロメートル)とほぼ同規模。国全体が都市であり、供給できる土地には絶対的な上限があります。需要が増えても供給が追いつかない構造が、価格を恒常的に押し上げています。

一方、ジョホールバルが属するジョホール州の面積は約19,210平方キロメートルと、シンガポールの約26倍。開発余地が広く残されており、価格水準を抑える構造的な要因となっています。

不動産価格は、突き詰めると「そこで暮らす人の購買力」を反映します。シンガポールの一人当たりGDPは約8万〜9万米ドルで、世界トップクラスの経済水準にあります。一方、マレーシアの一人当たりGDPは約1万3,000〜1万4,000米ドルであり、その差は約6〜7倍に及びます。

マレーシアは2030年代に高所得国入りするとも言われており、東南アジアの中でも成長著しい新興国であることは間違いありません。ただし、シンガポールとの所得格差はまだ大きく、それが両国の不動産価格差にも如実に反映されています。

逆に言えば、「JBがシンガポールとの経済的な一体化を通じて所得水準を引き上げていくほど、不動産価格はその実力に近づいていく」というロジックが成り立ちます。後述するJS-SEZの本質的な意義はここにあります。

シンガポールでは、外国人が住宅用不動産を購入する際に「追加購入印紙税(ABSD: Additional Buyer’s Stamp Duty)」が課せられます。2023年4月の改定により、外国人に対する税率は30%から60%へと一気に引き上げられました。

出典PropertyGuru Singapore「ABSD Singapore Rates (2025)」

これは非常に大きな負担です。たとえば外国人が1億円のコンドミニアムを購入する場合、ABSDとして6,000万円の税負担が追加でかかります。日本人がシンガポールでS$500,000(約5,000万円)の住宅を購入した場合、ABSDだけでS$300,000(約3,000万円超)が課税されます。

一方、マレーシア(ジョホールバル)では、外国人購入者に対してこれほどの重課税はありません。一定の最低価格基準(外国人は原則RM60万〜RM100万以上)を満たせば比較的スムーズに取得でき、規制と税制の非対称性が、外国人投資家にとってJBの相対的な取得しやすさを高めています。

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現在の価格差が生まれている構造的な理由は上記の通りですが、投資という観点でより重要なのは、「この差が今後縮まりつつある」という変化の方向性です。

現在、両国を結ぶコーズウェイでは日常的に深刻な渋滞が発生しており、通勤ラッシュや週末には3時間を超えることも珍しくありません。この状況を根本から変えるのが、建設中の越境鉄道「RTSリンク(Rapid Transit System Link)」です。

RTSリンクは、ジョホールバルのブキット・チャガー駅とシンガポールのウッドランズ・ノース駅を結ぶ全長約4kmの鉄道で、所要時間はわずか約5分。片方向1時間あたり最大1万人の輸送が可能です。総事業費は約100億リンギット(約3,000億円)にのぼり、マレーシアの運輸省によると2025年12月から試運転の第1段階を開始し、2027年1月の正式開業を目指しています。

RTSリンクの開通により、「JBに住んでシンガポールに通勤する」という生活スタイルが現実的な選択肢となります。シンガポールで賃貸住宅を借りるよりも安い費用でJBのコンドミニアムを購入・居住できることから、JB周辺、特にブキット・チャガー駅近辺の不動産需要は開通に向けて高まりつつあります。

両国政府が主導するもう一つの大きな変化が、「ジョホール・シンガポール経済特別区(JS-SEZ)」の設立です。

2024年1月にマレーシアとシンガポール両国が覚書を締結し、2025年1月7日には最終協定が正式に調印されました。JS-SEZはジョホール州の約3,500平方キロメートル以上に及ぶ広大なエリアを対象とし、電気電子・金融・医療・デジタル経済など11の経済セクターへの投資誘致を目指します。

目標として掲げられているのは、5年以内に50件の高付加価値プロジェクト達成・2万人の熟練雇用創出、そして10年間でプロジェクト数100件への拡大です。

出典ジェトロ「JS-SEZ最終合意、10年で100件の高付加価値プロジェクト実現へ」
出典ジェトロ「ジョホール・シンガポール経済特別区(JS-SEZ)開発に向け覚書を締結、経済連携強化へ」

JS-SEZにより、シンガポール企業がジョホールに生産拠点や研究開発機能を移転・拡張するケースが増えれば、ジョホール州内での就業機会が増加し、所得水準の底上げにつながります。その結果として不動産への実需が拡大し、価格上昇の裏付けとなる購買力が形成されていくというサイクルが期待されています。

実際、シンガポール企業の調査では、93%がジョホールを魅力的な投資先と評価しているという報告もあります。

出典K-innovate株式会社「未来の東南アジアの成長エンジン!?ジョホール新経済特区(JS-SEZ)とは」

シンガポールとジョホールバルの不動産価格差は、土地の希少性・所得水準の差・税制・外国人規制という複数の要因が組み合わさって生まれています。現時点のJBの価格水準は「割安に放置されている」のではなく、現段階の経済発展に見合った適正水準とも言えます。

しかし、RTSリンクの開業とJS-SEZの本格始動というダブルのカタリストにより、両者を隔てていた「距離」と「経済格差」が徐々に縮まろうとしています。その過程で、現在60〜70%とも言われる価格差は段階的に是正されていく可能性があります。

価格差が「大きいうち」に動くことが、この市場における投資タイミングの本質です。K-innovateでは、現地への訪問・視察も交えながら、ジョホールバルの主要物件を継続的に確認・情報収集しています。


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